【60代シンプルな暮らし】ムダを減らす家事ラク節約8選|無理なく続く見直し術

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【60代シンプルな暮らし】ムダを減らす家事ラク節約8選|無理なく続く見直し術

庭先の八重桜が名残惜しそうに散り、代わりに若葉のつんと青い匂いが玄関まで漂ってくる四月下旬。窓を大きく開けて風を通すと、冬のあいだ閉じこめていた重たい空気がすうっと抜けて、家も体も一緒に深呼吸しているような心地がいたします。

片付けマダムすみ子でございます。今日は特別なことは何も申しません。どのご家庭にもあるもの、毎日繰り返している家事のなかに、実はそっと卒業してよい「当たり前」が隠れているというお話でございます。私の友人、六十四歳の田中Kさんは、この見直しを始めてから一か月で消耗品代が二千八百円も下がり、休日にバラ園へ出かける余裕までできたと嬉しそうに教えてくださいました。減らしたら楽になって節約にもつながる、そんな身近な八つを一緒に見ていきましょう。

一つ目、気づけば雪崩れる「紙袋」という名の重石

紙袋ほど、持ち主の優しさが透けて見えるものはございません。お土産をいただいたとき、百貨店で上品な買い物をしたとき、ロゴが素敵だったとき、いつか誰かに渡すときに使えるかもしれない、仕分けに便利かもしれない、そう思いながら引き出しの奥へそっとしまい込む。その曖昧さの積み重ねが、大掃除の日にドサッと雪崩となって現れるのです。

田中Kさんも、昨年の暮れに押入れを開けた途端、三十枚以上の紙袋が足元に崩れ落ちて思わず苦笑いしたそうです。袋の底には埃の輪染みができ、取っ手には湿気で浮いた茶色のしみ。「なんとなく使えそう」が、ただの劣化待ちに変わっていた瞬間でございました。

残すのは「今年中に確実に使う十枚」だけ

そこで取り入れていただきたいのが、残す枚数を先に決めてしまうやり方です。大きめ三枚、中くらい五枚、小さめ二枚の合計十枚だけを立てて収納する。それ以外は感謝を添えて手放す。使いたい瞬間にすっと手が伸びる暮らしは、紙袋が整うだけでも確実に近づいてまいります。

二つ目、家じゅうに増えすぎた「ゴミ箱」を一つに集約

ゴミ箱は置けば置くほど家事が増える道具でございます。リビング、寝室、洗面所、机の下、一見便利そうで、実は袋替えと回収の手間がそのぶん増えている。六十三歳のS子さんは、家のなかに五つあったゴミ箱を思い切って台所の一つだけに絞ったそうです。

すると、どうでしょう。ゴミの日の朝、四十五リットル袋を片手に階段を上がり下りして回収する労力が消え、腰の重だるさまで軽くなったと笑っていらっしゃいました。燃えるゴミ用の袋代も月に三百円ほど下がり、洗面所のぬめった底を拭く掃除からも解放されたとのこと。

ただし、夜中に何度も起きる方は無理をしないこと

ここで一つ、私からの大切なお願いがございます。階段の多いお家や、夜中にお手洗いに何度も立つ方は、寝室近くの一つだけは残してください。全部減らすことが正解ではありません。「今の暮らしに本当に必要な場所だけ」を見極めるのが、六十代からの賢いやり方でございます。

三つ目、ボトルだらけの「専用洗剤」を一本に戻す

キッチン用、お風呂用、トイレ用、窓用、床用。色とりどりのボトルが棚の奥で、まるで夜店の金魚鉢のように並んでおりませんか。昔は雑巾と石けんだけで家中なんとかなっていたのに、売り場の「これ専用」に押されて、気づけば八本、十本と増えていく。

私の場合、普段使いはウタマロクリーナーのような中性洗剤を一本だけに絞りました。台所も洗面台も床も、これ一本で迷わない。価格は一本四百円前後ですが、専用洗剤をそれぞれ買っていた頃と比べると、年間で五千六百円ほど支出が下がっております。

掃除の質が変わったというより、取りかかるまでのハードルが低くなったのが大きい。「考えない、探さない、出す、拭く、戻す」がすっと終わる。その小さな身軽さが「今日はここだけ磨いておこうかしら」という前向きな気持ちを運んでくれるのでございます。もちろん塩素系のカビ取りや強い汚れ用は、混ざらないよう別の棚に保管しておきましょう。

四つ目、キッチンペーパーの代わりに「さらし」を迎える

キッチンペーパーは便利ですが、毎月二ロール、三ロール買い足しているうちに、年間で五千円以上のゴミと出費を出していることに気づいたのは、ちょうど還暦を過ぎた頃でした。

そこで出会ったのが、昔ながらのさらし、眠粉付きの一反布でございます。一反千円ほどで買えて、切って縫い端を処理すれば、大判の台拭きから野菜の水切り布まで何にでも化けてくれる頼もしい相棒。汚れたら軽く洗って洗濯機へ、これでもう五年以上も買い替えておりません。

友人の加藤Mさんは「さらしってこんなに便利だったのね、昔の知恵ってすごいわ」と驚き、キッチンペーパーの消費が月二ロールから月一ロールに落ち着いたそうです。もちろん生肉や揚げ油の処理など「ここぞ」の場面ではキッチンペーパーも使います。絶対使わないではなく「使いどころを決めて無理のない線を引く」。これが長く続くコツでございます。

五つ目、増えすぎたコップは「よく使う二つずつ」だけに

マグカップ、湯呑み、グラス、ティーカップ、アウトドア用プラカップ、来客用の切子。気づけば食器棚の上段が「コップ村」のような賑わいになっていないでしょうか。

コップが多いと不思議と散らかります。なぜなら「次があるから」と、飲みかけを置きっぱなしにしてしまうからです。夫婦二人暮らしなら、湯呑み、マグ、グラスを二つずつで十分。来客用は食器棚の上段の奥へしまい、特別な日だけに使う楽しみに変えてしまう。すると朝お茶を淹れるとき、迷いなくすっと手が伸びて、洗って拭いて戻すまでの動線が最短になります。

六つ目、バスタオルを「フェイスタオル」に切り替える

お風呂上がりのふわっとした大判タオルは、体を包むと確かに幸せ。けれど、お布団のようにかさばり、洗うのも干すのも一苦労、乾きにくくて収納も圧迫する「静かな場所泥棒」でもございます。

髪が短めの方なら、フェイスタオル一枚で十分に水気を吸い取ってくれます。足りない日は二枚使っても、バスタオル一枚よりずっとかさばりません。洗濯機の中で占める体積が半分以下になり、部屋干しでも夕方までにしっかり乾く。梅雨の生乾きの嫌な匂いからも解放されて、ストレスが目に見えて減りました。

来客や温泉旅行用にバスタオル三枚だけ、タンスの奥に控えさせておけば困りません。名前に「バス」が付いていても、毎日使わなければならない決まりはどこにもないのでございます。

七つ目、柔軟剤は「目的で使い分けるもの」に格上げ

柔軟剤は洗剤とセットで必ず使うもの、そう思い込んでおりましたが、ある日うっかり切らして洗剤だけで回してみたところ、意外なほど困らない。ゴワゴワする前にタオルを振ってほぐせば、肌への当たりもじゅうぶん柔らかく仕上がります。

今は乾燥する季節の静電気対策、ニットや化繊を洗う日、お出かけ前に気分を上げたい日、この三つの場面にだけ使うようにしました。詰め替え用は年間で四袋から一袋へ減り、千五百円ほど浮いただけでなく、強い香りに頭が重くなる日もなくなりました。

香りや柔らかさは頑張るためではなく、自分をご機嫌にするためのもの。必要な日だけに切り替えると、手触りや肌の反応にも敏感になり、自分に合う服や素材まで自然に見えてくるのでございます。

八つ目、視界に入るたび心を沈める「気に入っていないもの」

最後は少し抽象的な話です。「高かったから」「もらい物だから」「まだ使えるから」、そう言い聞かせて使い続けている、そこまで好きじゃないもの。実はこれが一番、心の体力を削っております。

私の場合、それは縁が少し欠けたお茶碗でした。洗うたびに「いつか割れたらどうしよう」と視線が泳ぎ、朝ごはんのたびに小さなため息が出ていた。思い切って陶器市で見つけた手の大きさにぴたりと合う新しいお茶碗、二千二百円と決して安くはありませんでしたが、毎朝ご飯が一段と美味しく感じられる。その喜びは値段では測れないものでございました。

なぜ「気に入らないもの」ほど手放せないのか

ここで少し、心の話をさせてください。何とも思わないものは目に入っても心が動きません。けれど「好きになれないもの」は、見るたびに気持ちがほんの少し沈みます。「いつか使わなきゃ」「捨てたら罪悪感が残る」「高かったから」、その小さな引っかかりが毎日毎日静かに積み重なり、気づかぬうちに心のバッテリーを吸い取っていくのです。

手放せないのは、あなたに物を大事にする優しさがあるから。決して悪いことではありません。だからこそ、捨てるのではなく「卒業させる」気持ちで、今まで役に立ってくれたことにそっと感謝して、これからの自分に合う暮らしへ一つずつ渡していきましょう。

なぜ私たちは「使わないもの」を手放せないのか

ここで少しだけ、心の話をさせてください。紙袋も、ゴミ箱も、専用洗剤も、冷静に考えれば「使っていない」ことは自分でもよく分かっているはずです。それでも手放せない本当の理由は、実は「物」そのものにあるのではなく、私たちの心の奥に沈んでいる三つの小さな声にあるのでございます。

一つ目の声は「もったいない罪悪感」。昭和を生きてきた私たちは、物が足りない時代の記憶を体にしみ込ませて育っております。捨てる行為そのものに後ろめたさを感じる、これはとても自然な反応です。二つ目の声は「未来への備え」。いつか必要になるかもしれない、そう思うことで心は安心しようとします。けれど、この「いつか」は大抵来ないのでございます。三つ目の声は「過去の自分への義理立て」。高かったから、買った時の自分に悪いから、そう思って使わないものを抱え続ける。

この三つの声に気づくだけでも、手放しやすさは驚くほど変わります。「もったいない」は過去への感謝に、「いつか」は今への集中に、「高かったから」は「役目を終えてくれてありがとう」に、言葉を置き換えてみる。たったこれだけで、引き出しを開ける手が少しだけ軽くなるのでございます。

一週間だけの「お試し卒業」で体感する

いきなり捨てる決断ができなくても大丈夫です。私がおすすめしているのは「一週間だけのお試し卒業」という方法でございます。バスタオルを段ボール箱にしまってフェイスタオルだけで過ごしてみる、洗剤を一本にまとめて他は棚の奥へ避けておく、柔軟剤を使わないで一週間だけ回してみる。不便だったら戻せばいい、それだけのことでございます。

面白いことに、お試ししてみた方のほとんどが「思ったより困らなかった」とおっしゃいます。私の友人、六十五歳のM子さんは「二週間もフェイスタオルで過ごしたら、バスタオルを出すのが面倒に感じて、結局戻せなくなったわ」と笑っておられました。頭で考えるより、体で感じるほうが、答えは早く見つかるのでございます。

減らすのではなく「考える回数」を減らす

今日ご紹介した八つ、紙袋、ゴミ箱、専用洗剤、キッチンペーパー、コップ、バスタオル、柔軟剤、そして気に入らないもの。どれも大きな決断はいりません。「これって本当に必要かしら」とひとこと問いかけ、当たり前を少しだけ見直しただけでございます。

数を減らすというより「考える回数を減らす」。洗剤を選ぶ回数、袋を替える回数、タオルを干す回数、好きでないものを見る回数、その一つひとつが軽くなると、六十代の体は驚くほど楽に動き始めます。体力は有限ですが、工夫は無限。今日この動画を見終わったら、引き出しを一つだけ開けて、紙袋を十枚だけ選んでみてください。そのたった一歩が、これからの十年、二十年を軽やかにする扉になると私は確信しております。

「少しずつ」を積み重ねる六十代の片付けリズム

六十代の片付けで一番やってはいけないのが、若い頃のような「一気にやる片付け」でございます。土曜日に丸一日かけてクローゼットを全部出す、ゴールデンウィークに押入れを一気に空にする、そうした勢い任せのやり方は、腰を痛めたり、判断疲れで後悔のある処分をしてしまったりと、いいことがございません。

私がおすすめしているのは「引き出し一段、十五分」というリズムでございます。タイマーをセットして十五分だけ、引き出しを一つ空にする。終わったら必ず休憩する。翌日はまた別の引き出しを十五分だけ。このペースでも一か月続けば、家のかなりの範囲が整ってまいります。

大事なのは「続けられる速度」で進めること。疲れない、痛めない、後悔しない、この三つを守りながら少しずつ歩んでいくのが、六十代からの賢い片付けでございます。

家は誰かに見せる場所ではなく、あなたがほっと呼吸するための器でございます。好きなコップでお茶を楽しむ時間、洗いたてのフェイスタオルの手触り、窓を開けた時の若葉の匂い、どうかあなたなりの心地よさを、一つずつ取り戻していただきたく思います。最後までお読みいただきありがとうございました。