【70代夫婦の片付け術】気づいた時に1つ戻すだけで家が整う習慣|これだけで散らからない
4月も残りあと一週間ほど、庭先では八重桜が散り、若葉の緑がみずみずしく風に揺れる季節になりました。夕方にはウグイスの声も聞こえてきて、縁側で夫と並んで麦茶を飲む時間が心地よくなってまいりました。
🎥 この記事の内容を動画でもご覧いただけます
お手持ちのスマホで聞き流ししながら、家事のお供にどうぞ。
片付けマダムすみ子です。今日もお目にかかれて嬉しゅうございます。
まとめて捨てなくていい、というお話
昨日、主人が新聞を読みながら「お母さん、この引き出しの中、ボールペンが12本もあるぞ」と笑って見せてくれました。書けるのは4本だけで、あとは全部インクが切れていたのです。主人はそのまま8本を小さなゴミ袋に入れて、そのまま台所のゴミ箱へ持っていきました。たったそれだけ、時間にして30秒ほどでしょうか。でも引き出しを開けると前よりすっきりしていて、なんだか気持ちまで軽くなったのです。
最近は「捨て活」という言葉もよく聞きますよね。全部出して仕分ける、8割手放す、そんな方法もよく耳にします。元気なうちに少しずつ手放した方がいいというお話も増えてきました。でも、無理にまとめて捨てなくても大丈夫でございます。忙しくてクタクタな日でも、書けなくなったペンを1本だけ、穴が開いた靴下を掃除用に回す。そんな「1つだけ、その場で手放す」でいいのです。今日は、夫と2人暮らしの我が家で実践している、驚くほど簡単な片付けの習慣をお話ししますね。
家が整っている人ほど頑張っていない
片付けってつい「一気にやらなきゃ」って思っていませんか。実は家が整っている人ほど頑張っていません。やっているのはたった1つ、「いらないと思ったらその場で手放す」、それだけなんです。「捨て活」って聞くと大仕事みたいで手が止まりますよね。でも本当はもっと小さくていい。書けなくなったペンを1本、目についたらすぐ捨てる。それだけで物は溜まりにくくなっていきます。
「今度まとめて休みの日に一気にやろう」、そうやって先送りすると、やるべきことが雪だるまのように膨らんで、いざ腰を上げる一歩が重たくなってしまうのです。だから目の前で気づいた時に1つ外す。散らかりの芽が増える前に摘んでおく。目についた時に1つ、それでちゃんと整っていくのでございます。散らからない家に変わる1分片づけ6つもあわせてお読みいただくと、毎日のリセット習慣が見えてきます。
我が家で実際に手放してきたもの
我が家で実際に手放してきたものを、少しご紹介いたしますね。きっとどのお家にもあるものばかりだと思います。
まずは洋服から。洋服は肌に触れる分、気持ちが1番正直に出ます。着て肩が凝る、生地がくたびれてきた、今の私には合わないなと感じたら、「まだ着られるかも」と戻さずにそっと手放す。残るのはよく着るお気に入りだけ、だからクローゼットが膨らみにくくなるんです。
次は家具のような大きいもの。動かすのが大変で場所も取るから、見るたびに迷いが圧になります。だから私は、迷ったら期限を決めます。うちも子供が使っていた勉強机を「また必要になるかも」と長く置きっぱなしでした。でも「1年使わなかったら手放す」と決めたら、スッと決断できました。急いで処分しなくてもいいけれど、ずっと置きっぱなしにしない。この違いが後から効いてくるのです。
そして意外と場所を取るのが写真のアルバム。重いものが何冊もあると、出すのが面倒でだんだん見返さなくなります。だから私は、全部残すより見たい時にすぐ見返せる形を選びました。写りが良くてお気に入りだけを選んでまとめ直す。その方が思い出がちゃんと生きるんです。量を減らすことは思い出まで減らすことではありません。むしろ見やすくなって、1つ1つを温かく思い出せるようになりました。
それから来客用品。お盆やお正月に親戚が集まる頃は、座布団や客布団を来客用に持つのが当たり前でした。でも今は出番が減って押入れを占領しがち。いざという時は気軽にレンタルもできる時代です。だからこそ、今の頻度で見直すのが1番自然なのでございます。
なぜ「まとめて捨てる」は続かないのか
ここで少し、心理のお話をさせてください。なぜ「まとめて捨てる」という方法がなかなか続かないのか。それは、私たちの心と体が一気に大きな負荷を受け取ると、反動で重たくなってしまうからだと思うのです。
実はこれ、ダイエットとよく似ています。一気に減らすと反動が大きくて戻りやすい、でも少しずつなら無理が少なく続けやすい。私も昔は「やるからにはまとめて派」でした。一気に全部出して分類して、確かに進んだ気はします。でもその日はぐったりして、夜腰が重くなったり、そのしんどさを体が覚えて次が続かなくなるんです。
もう1つの理由は「判断の疲れ」です。物を1つ手に取るたびに、残すか、手放すか、どこに置くか、誰にあげるか。小さな選択が何百回も重なると、脳が先に電池切れを起こしてしまいます。お布団の中で「今日も何もできなかった」と沈むのは、誰にでもあることです。だから1番大事なのは、いらないものを家に居座らせないこと、ただそれだけなのでございます。体力ではなく判断疲れが原因という視点もあわせてご参考になさってくださいませ。目に入った時に1つだけなら、判断の回数も一気に増えないから、疲れないまま片付けが進みます。
来客用品と本の棚、時代に合わせた見直し
本や雑誌も同じです。読みたい気持ちだけが増えて、つい積んだまま棚がぎゅうぎゅうになってしまいます。だから私は「読み終わったら役目は終わり」と考えるようにしています。借りられるものは図書館で借りる。棚に余白があると、次の新しい1冊も気持ちよく迎えられるのです。昨年、主人と一緒に本棚を見直した時は、5年以上開いていない料理本が14冊も出てきました。今は主人の退職祝いにいただいたお気に入りの園芸書だけ残して、あとは地域の図書館に寄贈しました。
食器や人形などの飾り物も、家族が多かった頃の大皿、お祝いごとで揃えた食器、季節の飾りや人形、思い出と一緒に自然と増えていったものたちです。でもこういうものこそ「今使っているか」で決めやすいのです。共通しているのは「迷ったら保留」ではなく「使うかどうか」で決めること。棚の1番奥にあるものから少しずつ見直していけばいいのでございます。
1日5分、無理なく続けるコツ
「その場で手放す」と言っても最初の1つが難しいですよね。だから目についた場所を1つだけ軽くする。それが散らかりを止めて暮らしを楽にする片付けです。
1番分かりやすいのは「同じものがいくつもあるのに使っていないもの」。メモ帳、タオル、増えすぎた食器。例えばペン類、引き出しの中にインクが出ないもの、壊れているもの、もらったけれど使っていないものが混ざっていませんか。私も最初は10本以上出てきて、こんなにあったんだと思わず驚きました。
タオルも同じです。洗濯で回せる枚数って大体決まっているのに、棚にたくさん積み上げて場所を取っていました。私もフェイスタオルを20枚以上ストックしていましたが、見直したら半分で十分でした。毛羽立ちがひどいものや汚れが落ちないものは拭き掃除に回して、使いやすいものだけ残しました。靴下も穴が開いたものや片方だけのものは拭き掃除ように回して、最後まで使い切ります。
こういうことって5分もかかりません。30秒で終わる日だってあります。でもその積み重ねが、気づけば引き出しを開けた瞬間に「探さない暮らし」になっていくのです。
洋服と家具と写真、我が家の見直し記録
具体的な数字でもお話ししますね。我が家のクローゼットには以前、私のブラウスが42着ありました。でも実際によく着ていたのは、薄いピンクの綿シャツ、紺の無地カーディガン、グレーのタートルネック、そしていただきものの白い絹のブラウス、このあたりの8着ほどだったのです。残りの34着は「また着るかも」「高かったから」「娘からのプレゼントだから」と残したもの。でも昨年の秋、1年ルールで見直したら、着ていないもの22着が自然と見えてきました。リサイクルショップに出して、ほんの1800円でしたけれど、クローゼットの圧迫感がすうっと抜けたあの朝の清々しさは、値段以上のものでした。
家具でも同じでした。子供部屋に置きっぱなしだった学習机、高さ120cmの重たいオーク材のものは、主人と相談して昨年の暮れに引き取りをお願いしました。粗大ゴミのシール代2000円、搬出のお手伝いで孫のK太、14歳に500円のお駄賃。それだけで押入れの前の通路が広がり、朝の掃除機がけもぐっと楽になりました。アルバムは、昭和の分厚い台紙アルバム6冊の中から、孫たちの顔がはっきり写っているもの、家族旅行の節目の写真だけを選んで、新しい軽い薄型アルバム2冊にまとめ直しました。箱に入れっぱなしだった時より、主人と一緒に広げて「この時、箱根だったね」とお茶の時間に話す回数が明らかに増えたのです。
ラスボスは小さく分けて攻略する
小さなものは気づいた時に都度手放す。でも片付けには時々、避けて通れない「ラスボス」もいます。アルバムの束、趣味道具一式、食器棚丸ごと、押入れの上段や天袋、庭の物置き。見ただけで身構えてしまうような、ちょっと重たい場所です。
でもそれは量や大きさに気持ちが圧倒されているだけ、だから小さく分ければいいのです。棚全体じゃなくて手前の1段だけ、押入れ全部じゃなくてこの箱だけ。「今日はこれだけ」と区切るたびにハードルが下がって前に進めます。引き出し全部ではなくケース1つ、押入れ全体ではなく手前の一角だけ。「時間がある時まとめて」と思うほど先送りします。だからこそ「今日はこれだけ」と区切る、その方が不思議と手が動くのでございます。
毎週じゃなくても半年に1度の見直しでも少しずつで十分です。暮らしていれば埃りや汚れは必ず溜まります。だから片付けも一気に頑張るより、毎日ほんの少しを習慣にする方が、長い目で見て1番効くのです。
物を大事にしてきた優しさが、手を止めてしまう心理
ここで少し、心の動きについても触れさせてください。70代になっても「その場で1つ手放す」ができない日がある、その正体は実は私たちの優しさなのです。私たちの世代は、物がない時代を生き抜いてきた親から「物は大事にしなさい」「捨てるのは罰当たり」と繰り返し教えられてきました。その声は今も耳の奥に残っていて、ペン1本、紙1枚を捨てるときにも小さく響くのです。
さらに、物には「くれた人の顔」が重なっています。姑が嫁入りに持たせてくれた鍋敷き、友人がハワイ旅行のお土産にくれたマグカップ、亡くなった母が愛用していた座布団カバー。これらを手放すことは、その人を手放すことのように感じてしまうのです。でも、これは錯覚です。大切なのは物ではなく、その人と過ごした時間とその温かさ。それは記憶として心の中にちゃんと残っています。だからこそ「もらったもの」の場合も、「ありがとう、役目を終えたね」とそっと声をかけて送り出す。この小さな儀式があるだけで、手放しやすくなるのでございます。
完璧でなくていい、続けるから整う
正直に申し上げると、私たちも完璧ではありません。私は自分に買ったご褒美の革バッグを、28万円もしたので未だに手放せません。主人も「いずれ使うから」と言って、もう3年以上使っていないノートパソコンを書斎に置いたままです。それでも暮らしが窮屈に感じないのは、日々の積み重ねで物が増えにくいからだと思います。
気づいたら手放す、目につくところだけ1日5分、大物は年に1回。このくらいが体も気持ちも長続きします。例えば台所のシンクのゴミ受け、毎日ついでにさっと洗えばぬめりも匂いも残りません。後でまとめてにすると黒ずんで、見るのも嫌になる。片付けもよく似ています。毎日ちょこっとの積み重ねは、気づいた頃に大きな差になって現れます。
手放すのは失うことではありません。今の私を守るための選び直しです。探し物の焦りや転びそうな床を減らして、毎日をもっと楽にするためです。ボールペン1本でも靴下1足でも、「いらない」に気づいたらそっと外していく。続けるうちに片付けている意識さえ薄れて、気づいたら散らかりにくい家が普通になっていくんですね。家が美しい人の黄金律もあわせてお読みいただくと、無理なく続く所作のヒントになるかと存じます。
一気にやらなくていい、今日はこれだけ。机の上、引き出し、バッグの中。あなたは今日、どこを1つだけ軽くしますか。結局、お気に入りだけに囲まれて暮らす方が嬉しい、それに尽きるんだと思います。毎日ほんの小さな一歩でも、半年後、1年後に振り返ると確かな道のりになっています。
最後までお読みいただきありがとうございました。





