【70代一人暮らし】最期まで元気に自宅で暮らす5つの知恵|今から始める老後の備え
庭のつつじが薄紅色のつぼみをほころばせ、散歩道にはすみれや蒲公英が小さな顔をのぞかせる季節になりました。四月下旬、初夏の気配が風に混じり始め、朝のお散歩でも薄手のカーディガンで十分な陽気でございますね。鳥の声もにぎやかになり、窓を開けるたびに新しい季節のにおいが部屋に入ってくる、そんな午後でございます。
片付けマダムすみ子でございます。今日は、七十三歳でひとり暮らしをされている知人・鈴木敬子さんから伺ったお話を、皆さまにお届けいたします。先日、施設に入居されているお姉様(八十二歳)を訪ねたとき、姉上がそっと敬子さんの手を握りしめて、こうおっしゃったのだそうです。「敬子、あなたはまだ元気なんだから間に合うよ。私みたいになる前に、七十代のうちに自分を守る準備を始めておくといいよ」と。
叱られたわけでも、怖がらされたわけでもない。ただ、先に経験なさった方の、静かな本音でございました。
姉の一番の後悔は「節約で体力を削っていたこと」
お姉様が一番悔やんでおられたのは、「節約のつもりで、体力まで削っていたこと」なのだそうです。光熱費を抑えるために冬の暖房を我慢し、重いものを何度も運び、体に負担の少ない「質素な食事」を選び続けた。そのどれもが、若い頃なら問題にならなかったのに、八十代に入ってから足に力が入らなくなり、立ち上がるのも一苦労になってしまわれたのです。
「筋肉ってね、こんな風に弱っていくのね」。面会のとき、細くなった太ももをさすりながらお姉様はぽつりと呟かれたそうです。そして敬子さんにこう尋ねられました。「あなたの冷蔵庫に、今すぐ食べられるタンパク質はある?」と。
この問いかけが、敬子さんの暮らしを大きく変えるきっかけになりました。今日は、お姉様の後悔から敬子さんが学び、ご自身の暮らしに取り入れてこられた「最期まで自宅で笑って暮らすための五つの掟」を、皆さまと一緒にたどってまいりましょう。
掟の一つ目 筋肉の貯金を減らさない
一つ目は「筋肉の貯金を減らさないこと」でございます。ひとり暮らしになると、どうしても台所に立つ時間が減り、食事が偏りがちになります。「ごはんと漬物だけ」「パンとコーヒーだけ」。お姉様もそんな日が増えていったのだそうです。
丁寧な自炊にこだわる必要はございません。大事なのは、毎日少しずつでも筋肉の材料を途切れさせないこと。敬子さんは、お買い物の時にまず肉、魚、卵、大豆製品を先にかごへ入れるようになさいました。それから主菜を作れない日のために、お味噌汁に「三つの定番」を投入されているそうです。豆腐、卵、冷凍むきえび。包丁いらずで火もすぐ通り、タンパク質がしっかり取れる。無理なく続く工夫です。
小腹が空いた時は菓子パンよりも冷凍枝豆、チーズ、ヨーグルト、するめ。頑張れない日の保険として、サバ缶、魚肉ソーセージ、プロテインバーを常備。日持ちもして非常時のお守りにもなります。「手作りしないのは恥ずかしい」という古い価値観は、そっと手放してよろしいのです。
歯と耳のメンテナンスも後回しにしない
お姉様がもう一つ強く後悔なさっていたのが、「歯と耳のメンテナンスを先送りにしたこと」でした。入れ歯が合わなくても「高いから」と我慢し、耳が遠くなっても「補聴器はまだいいわ」と先送り。その結果、食事がしづらくなって会話が減り、外に出る気力まで弱っていかれたのだそうです。
噛める、聞こえる、見える。当たり前に思える機能が、暮らしの楽しみを支えております。敬子さんは、歯の健診と聴力検査を年に一度は予定に入れるようになさいました。「体は長年住み続けてきた家のようなもの。小さな手入れを重ねるほど、安心して暮らせるのよ」とおっしゃっていました。
掟の二つ目 床を整えて転倒を減らす
二つ目は「家の中の転倒を限りなく減らすこと」でございます。六十五歳以上の転倒の約八割は、実は自宅で起きております。外より家の中の方が転びやすいのです。
お姉様が入居を考えるきっかけになったのも、大きなご病気ではなく、台所での転倒でした。手首を骨折して、「前なら踏ん張れたのに」と。それが暮らしを一変させてしまったのです。
敬子さんはまず、キッチン・玄関・トイレのマット類を思い切って手放されました。次に、床を横切る家電のコード(こたつやヒーターのコード)は壁沿いにまとめ、歩く場所を遮らないようにした。そして、買い物袋や段ボールは床に仮置きしないと決めた。床が開くだけで掃除もしやすくなり、転倒対策だけではなく家事まで楽になって「一石二鳥どころか、それ以上の効果でした」とのことです。
さらに三つの道具も取り入れておられます。一つ目は滑り止め付きの靴下。二つ目は夜の足元灯。三つ目はお風呂場の滑り止め。浴槽には吸着シートを貼り、バスマットも滑り止め付きに替えました。片付けは見た目を整えるだけではなく、「自分の足で暮らし続けるための一番現実的な備え」なのでございます。
掟の三つ目 記憶に頼らず仕組みで守る
三つ目は「記憶に頼らず、仕組みで守ること」でございます。若い頃は「覚えておくから大丈夫」「予定はスマホで十分」と過ごしていた敬子さんも、最近は曜日や日付がふと曖昧になる日があるそうです。ゴミ出しを間違えたり、特売日を勘違いしたり、通院日や支払い期日までうっかり。その度に胸がキュッとして、「年齢のせいかな」と静かに落ち込むこともあったのだそうです。
そこで敬子さんは、大きめの壁掛けカレンダーをリビングに掛け、予定を大きく短く一言で書き込むようにされました。夜はその日を振り返って「今日も無事に過ごせた」に丸、「やるべきことをやれた」に花丸。そうやってご自分を労いながら、静かに丸をつけていらっしゃいます。それだけで、布団に入ってから「何か忘れてないかな」と心配することが減り、眠りに入るのも楽になったのだそうです。
お薬も同じでございます。薬剤師さんに教わった「お薬カレンダー」を壁に掛け、一日ごとのポケットに入れるだけ。百円ショップで買えるのですが、「早く知りたかった」と思うほど助かっているそうです。忘れない努力よりも「見れば分かる形に」。それは未来の自分へ残す、小さな道しるべでございます。
掟の四つ目 堂々と人に頼る
四つ目は「堂々と人に頼ること」でございます。お姉様は昔から人に頼るのが苦手な方でした。「子供たちは忙しいから」「お嫁さんに頼むのも気が引ける」とおっしゃって、電球交換も粗大ごみも、冬の重い灯油運びも全部ひとりで抱えて、腰を痛めてしまわれたのです。
動くのが辛い日が増えた頃、お姉様はぽつりとこう漏らされました。「素直に手伝ってって言えばよかった。結局、人の手が必要になったの」。その言葉に、敬子さんは胸の奥がずしんと重くなったそうです。
自立とは、ひとりで頑張りきることではなく「助けを選べること」。敬子さんは、頼り先を三つに分けて考えるようになさいました。日常の作業を頼める先、生活の相談先、緊急時の連絡先。実際に換気扇掃除を業者さんにお願いしたところ、数千円で「脚立で転ぶ不安」が消えた。これは「安心の保険料」と思えたのだそうです。
市役所の窓口や地域包括支援センターには、手すり設置の制度など「知るだけで安心が増えるヒント」があります。使うかどうかは後で決めればよい。元気なうちに「選べる情報」を持っておくだけで、いざという時に慌てにくくなります。
掟の五つ目 ひとりを楽しみつつ孤立しない
最後の五つ目は「ひとりを楽しみつつ、孤立しないこと」でございます。ひとりは「選べる自由」、孤立は「選べなくなった状態」。この二つは似ているようで、まったくの別物なのです。
久しぶりに入居先のお姉様に会ったとき、敬子さんは言葉を失われました。外出の度に明るいお洋服を選び、口紅をさして髪も整えていらしたお姉様が、よれよれのパジャマのまま髪も解かさず一日を過ごしていたからです。「どうせ誰にも会わないと思ったら、気持ちまで急におばあちゃんになった気がするわ。もう鏡を見るのも嫌なの」。その言葉が、敬子さんには怖かったといいます。
身なりを気にしなくなると、心まで沈んでいく。それを目の当たりにされてから、敬子さんは「外に出ない日でも、朝は普段着に着替える」と決められました。服を選ぶ、ボタンを留める、髪をとかす。その小さな動作が、気持ちを前に向けてくれるのです。
深い付き合いでなくて構わない。挨拶できる繋がりだけは大切にする。お気に入りのスカーフを巻いてスーパーまで歩き、レジで一言「いいお天気ですね」。それだけで、今日も社会の中に戻れるのです。散歩を続けていると顔見知りも少しずつ増えて、見かけない日が続いたら「最近どうしたのかしら」と気づいてくれる人がいる。そういう目が一つあるだけで、暮らしの安心はまったく違うものになります。
なぜ私たちは「まだ大丈夫」と先送りしてしまうのか
ここで少し、心理の話をいたしましょう。七十代の私たちは、どうして「まだ大丈夫」と先送りしてしまうのでしょうか。
一つには、「今の元気」を基準に未来を考えてしまう癖がございます。今日歩けているから、明日も同じように歩けるだろう。今日買い物に行けているから、来年も同じように行けるだろう。人間の脳は、現状維持を信じたがる性質があるのです。これを心理学では「正常性バイアス」と呼びます。
二つ目は、「備えること」を「弱さを認めること」と混同してしまう傾向です。手すりを付ける、お薬カレンダーを用意する、補聴器を検討する。これらは「老い」を受け入れる象徴のように感じられて、ついためらってしまう。けれども本当は、備えは「弱さ」の印ではなく、「自分を大切にする強さ」の印なのでございます。
そして三つ目は、「子どもや周囲に心配をかけたくない」という優しさ。この優しさが、結果的にご自分の暮らしを細らせ、後でかえってご家族に大きな負担をかけてしまうことがあります。元気なうちに整えておくことこそ、最大の親孝行・夫孝行・嫁孝行なのでございますね。
ご近所M子さん七十五歳の一日
私の遠縁にあたるM子さん(七十五歳、ご主人は三年前に他界)は、敬子さんの五つの掟とよく似た暮らし方を、もう五年ほど続けておられます。朝はまずコップ一杯のお白湯。そのあとに豆腐と卵と冷凍むきえびが入ったお味噌汁と、小ぶりの茶碗に半膳のご飯。納豆を一パック足して、タンパク質は朝の時点でしっかり確保です。
M子さんの玄関には、ヨガマットほどの滑り止めマットの代わりに、靴べらとスリッパだけ。キッチンマットも玄関マットも、三年前に処分なさいました。「床が広く見えるだけで、お掃除の気合が一割増しますのよ」とおっしゃっていたのが印象的でした。夜のトイレには小さな豆電球のセンサーライト(七百八十円ほどで購入されたそう)。冬の灯油は、十八リットルのポリタンクを店員さんにお願いして車まで運んでもらい、自宅ではキャスター付きの台車にのせて一階のストーブまで。「千円のチップを払っても、骨折して入院するよりずっと安い」と笑っておられました。
毎朝起きたら、ピンク色の壁掛けカレンダーにまず丸をつける。薬は壁掛けのポケットに一週間分、日曜日の夜にセット。「若い頃は、自分がこんなに道具に頼る日が来るなんて思わなかったけれど、道具のおかげで頭の中がすっきり静かなの」と、M子さんはおっしゃいました。この「頭の中の静けさ」こそが、七十代からの本当の贅沢なのかもしれません。
今日から始められる最初の一歩
五つの掟を一度に始める必要はございません。敬子さんが最初に取り組まれたのは、冷蔵庫に「お助け食材」を揃えることだったそうです。サバ缶、トマト缶、冷凍うどん、納豆。これだけで、雨の日や体調の悪い日も「私は大丈夫」と思えるようになった。
次に取り組まれたのが、玄関マットとキッチンマットを外すこと。そして壁掛けカレンダーをリビングに掛けること。どれも五千円もかからない工夫でしたが、「暮らしの安心度が一段違うものになった」とおっしゃっていました。
お姉様の言葉をもう一度。「あなたはまだ元気なんだから間に合うよ」。この「間に合う」という言葉が、どれほど温かく、どれほど重いか。敬子さんと一緒に、私たちも胸にそっと刻んでまいりましょう。五年後、十年後もこの家で穏やかに笑えるように、今日から一つだけ、ご自分にできる小さな整えを始めてみてくださいませ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




